「父のもたらす情報は、関東軍にとって極めて重要だったので、司令官直属という身分だったと推定しています。」

「なるほど。それでは、司令官以外にお父さんに命令を出せる人はいなかったということですね」と町会長。

「おっしゃる通りです。」

「それで、やりたい放題の生活ができたので、満州に10年もいたのですか」と町会長。

「おっしゃる通りです。父は、自分が作った密偵の組織がもたらす情報を司令官に報告し、頭目が満州でも有名な武人であった場合には、一騎当千の部下と一緒に出掛けて、一対一の立ち合いをしたのだと推定しています。」

「なるほど。そういう仕事を10年もしていると、関東軍の中で有名なだけでなく、馬賊の間でも有名だったのではありませんか」と町会長。

「一対一の立ち合いをするのですから、名乗りあってから、立ち合いをしていると思います。」

「それでは、お父さんに討たれた頭目の敵を討とうとする人も、少なからずいたのではないでしょうか」と町会長。

「おっしゃる通りだと思います。馬賊の頭目となるような清朝の武人は、日本の侍と一対一の立ち合いをするのは望むところだったと思います。しかし、討たれた頭目の敵を討とうとする人は、少なからずいたはずです。」

「それで、『捕虜になれば、生きては日本に帰れない』という確信があったということなのですね」と町会長。

「おっしゃる通りです。それで、司令部があった新京から日本に向けて船が出る港まで、数百キロも走らなければならなかったのです。」

「最後の40キロは、走れなくなった戦友を背負って走ったのでしたね」と町会長。

「おっしゃる通りです。父は、僕と同じでやりたいことは、どこまでもやるのですが、僕と違うのは、困っている人はどこまでも助けるという生き方をしていたことです。」

「なるほど」と町会長。

「敗戦になったとき、いばりくさっていた古参兵や下士官はひどい目にあったようですが、父の場合には、逃走に手を貸してくれた中国人がいたようです。」

「それで、日本への船が出る港にたどり着けたのですか」と町会長。

「おっしゃる通りです。10年ぶりに船から見た日本の景色は、本当に懐かしかったと言っていました。船から見える松の木1本1本が懐かしかったと言っていました。」

2021/6/10

<イエスズメ外伝2>
梅の木を見ると、実が去年より思いっきり少ない。裏の栗林にも梅の木が数本あるので、様子を見に行くと、地面に数個梅の実が落ちてはいたが、枝についている梅の実は見つからなかった。

5月半ばになって繁殖期に入っても、カラスの鳴き声はたまにしか聞こえない。去年は外庭の向こうの電線に群がって、イエスズメを狙っていたカラスも、今年は見ることができない。うぐいすの鳴く声も去年より少ない。ハクセイレイも今年は1度しか見ていない。『スキ スキ スキ』と鳴くシジュウカラの鳴き声だけは、時々聞こえる。一体何が起こったのだ。<続く>

2024/5/28